株式会社イコム 社長 早川徹

究極の食事

これほどの価値を感じた店が他にあっただろうか。
料理は抜群の美味さで、間違いなくこれまで行った店の中で三本の指に入る。
素材で勝負する店は、鮮度が一番なので、料理人の技術だけではどうにもならない
ものがある。
しかし、丹念に仕事をする料理とは正にこの事だと認識させられたのだ。

素材に手を加え熟成させる。
この手間をかけると、鮮度がいい素材よりも美味しくなる。
寿司のネタでもそうだが、何日か寝かせた方が旨味が出るのと同じだ。

調味料の醤油などは手作りで、三年熟成させたものを使っている。
これだけで、酒のあてに出来る位だ。
胡麻も燻製にしている。
ほとんどの口に入るものを燻製にしているのだ。

赤坂の裏路地から更に奥に入った地下にある。
典型的な隠れ家レストランである。

その名も「燻」
燻製にこだわった由来からである。

洋食をイメージした通り、カウンターバーの設えになっていた。
カウンターからは多数の洋酒が並んでいた。

メニューは無い。
飲みものも含めて全てお任せなのだ。

ここの素晴らしいところの一つに、食べものに合ったお酒がセットで出てくる事だ。
シャンパンから赤、白ワイン、日本酒、古酒、ウイスキー、カクテル、焼酎など、
世界各地を回って現地で試飲したものを取り入れている。

そんなわけで、お酒が飲めないと価値が半減してしまう。

前菜の次にきたのは何と鮨だった。
握りが出るとは驚きで、次々に出てくる料理が和と洋を熟成させた、度肝を抜く美味さをこれでもかと、言わんばかりに出てくる。
おまけに、抜群の相性の白ワインや古酒だったりと、絶妙な組み合わせで楽しませてくれる。
これが、他の店には無い発想で、店主の卓越したプロデュースである。

店主は全てオリジナルで、どこかで修行した経験は無く、独自の発想と開発で培った技術だというのに驚愕した。
確かに既成概念ない発想の調理であり、野菜、魚や肉、スープ、刺身、締めのオムライス、
デザートのショコラ、どれを取っても他では食せない、芸術的な域までの食を味わえる。

お会計は一人3万円超するが、それでもコスパは高く感じられる店であった。

担任の先生

ラリー初日、スタート直後に携帯電話が鳴った。

私は誰か解らなかったが、スタートの興奮も手伝ってパッと出た。
何と次男の担任の先生だった。

先生はやや厳しい口調で、進路に関しての話をしたいとの事だった。
この時期は高校受験で、最終進路を決める先生と親子の三者面談のピークである。

次男は今年からほとんど登校しておらず、たまに学校に行くも続かないし、遅刻も当たり前になっていた。
当たり前の話しだが、学校を休んだり遅刻する場合は学校に連絡するのは常識だが、それが日常化すると、学校へ連絡もしなくなっていた。

電話で先生からその事を指摘された時には、私も返す言葉がなく動揺してしまった。
先生には面談も含めて、帰国したら連絡して学校に伺う話しをした。

そんな最中、既にレースは最高のテンションになっていた。
台湾市民の歓声に包まれながら、市街地からハイウェイに向かっていた。

私の頭は先生との面談と親としての対応を考えていた。
進路を決めるピークに私はラリーに来ていて、その件は全く頭の片隅にもなかった。
これは事実であり、欠席や遅刻の学校に連絡する事についても、不登校が日常化していたのを理由に意識していなかった。

私はラリーの興奮から、現実の問題にシフトしてしまっていた。
とにかく、帰国したら次男と話しをして、次に学校に行って先生には真摯に対応しようと決意して、ラリーを楽しむように自分に言い聞かせた。
しかし、初日は自分の親としての在り方を考えながら混沌としていた。
しかし、2日目には完全に吹っ切れていた。

赤坂中学校に行ったのは入学式以来だった。
担任の先生とはジョギングの最中にバッタリ会った事が何度かあったが、ゆっくり話をするのは家庭訪問以来だった。

私の意見を率直に申し上げた。
長い人生の中でここ一年や二年挫折したからといって取り返しが効かないことはないと思うので、この時期に高校の進路を明確にするより、進学することを今決めることを優先しないと言う意見を伝えた。

先生も同意してくれた。

次男には今後卒業するまで、欠席や遅刻する際は必ず自ら学校に連絡する事を言い聞かせた。
壁に当たると、その事から逃げる癖を自ら克服する以外に次の道に進んでも、同じ事が繰り返すだろう。これが、社会人になったら家庭を持つのは勿論、単身でも社会人としては難しいのは明らかである。

この親としての対応は賛否両論あるかとは思うが、私はこの方針を貫き通すつもりだ。
外部からの影響で動く人間より、自らの意思で動く、問題から逃げるのでなく、直面して悩み苦しむプロセスを体験する。

今回も次男には簡単に進学させるつもりはない。

ラリーニッポンin台湾

車のキーを受け取ったのが、レース前日の夜だった。
出場する当日まで、どんなルールでどの車で走るのか、私は全く知らなかった。
いや、あまり気にしなかったのだろう。

しかし、国内ならともかく、台湾で今まで乗った事のない車で、おまけにクラッシックカー
である。
急に不安になってきた。
車の操作も走りながら考えるしかないし、台湾市街のバイクもよけながら走る覚悟を決めた。

台湾でのイベントがいよいよ大詰めとなった。
4日間に渡り、台湾を一周するラリーは非常にタイトである。
今日は最終日で台北に戻る。

今回のラリー日本の台湾開催が決まった理由は311震災義援金に
対する御礼であり、台湾が異例の額を日本に供与したことの感謝の現れである。

しかし、何故全くもって出場する理由がない私が参戦することになったのか。
ラリーニッポンは本来国内にて、日本を元気にするべく、全国の歴史や文化をラリーで
巡ることが目的で、言わば我々の事業である天然村と通じるものがある。

それが引き寄せとなり、友人を介してご縁が出来たのである。

私の車は1956年のボルボである。
外からでは全く解らないが、エンジンは5000cc、V8で足回り、ブレーキなどフルチューンナップをしたモンスターカーだったのだ。

しかし、スピードメーターは動かないし、燃料ゲージは壊れている。
アクセスをベタ踏みしても何キロ出ているか解らないし、ガソリンもどの位減っているか見当がつかない状態だった。

そんな不安の最中、サーキットコースでやらかしてしまった。
夕暮れ時で、辺りも暗くなり始めていた。
急にエンジンがふかなくなり、アクセルを踏むも効果なし。
ガス欠してしまった。

暗闇の中、一台残されてしまったのだ。
直ぐに携帯で連絡したが、なかなか繋がらず焦ったが仕方が無いと待つことにした。

今回のレースには様々なボランティアの方々がいる。
現地の人、日本から来た東大の学生、メカニックや裏方さんがたくさんいる。

そのボランティアの方が給油に駆けつけてくれたのだ。
ありがたかった。
それからガソリンスタンドに先導してもらい無事にホテルに戻ることが出来た。

このラリーは参加者はもちろん、スタッフや裏方の人達全員が繋がって成り立つ
大イベントだった。
台湾を回っている最中も歓声が凄い人数で、途中休憩の場所では大勢の方が迎えて
くれていた。

台日交流はこのラリーをもって充分に果たしただろう。
主催者のK氏もあらゆる方向に神経を配り、頭が下がる思いであった。

最終日の今日は有終の美を飾って、帰国できるだろう。

ドレスコード

友人からの電話に一瞬戸惑ってしまった。

今週から台湾で開催されるラリーニッポンに出場する際に、パーティーで
のドレスコードが指定されていると言うのだ。

それを聞いた時には面倒だなと思ったが、昔のタキシードは着れないし、
時間がないので作れない。
どうしようかと思い、ネットでレンタルを調べてみた。

すると、五反田に紳士専門のレンタルタキシードを取り扱う店があった。
早速電話してみると、試着は完全予約制になっている。
平日でもかなり混んでいるようだった。
土曜日朝一で行ってきたが、私が着いた時には数人のカップルが待っていた。

20代の挙式前のカップル、50代のご夫婦、30代の独身男性が2人が開店前に
居るのをみて驚いた。

実際に採寸している時に担当スタッフに聞いてみた。
こんなに混んでいて、儲かりますね。
彼は苦笑いで言った。
この値段ですから。
私は相場がわからなかったので、本当に安いから来ているのかどうかは知らないが、
ニーズがこれほどあるとは思わなかった。
現実に採寸している最中にも、何組かは来店していたので、確実にお客さんのニーズは
あるのだ。

私は担当スタッフに言った。
値上げした方がいいのでは。
彼は驚いた表情を浮かべながらも、明快な言葉は慎んで、そうですかねと言った。

ただ単に値上げをするのでなく、それに付随する商品だったり、サービスを追加する
事で、お客様の役に立つことにより売上げは上がるはずである。

そう思ったが、朝一番の混雑している時にそんなことを彼に言っても迷惑だし、関係ない
と思ったので、それ以上は触れなかった。

私の場合、海外なので、使う日が一日だったとしても、出発から帰国するまでの日数がかかる
ので、最初は買った方が特ではないかと考えた。
国内の行事なら、一日から二日で返却できるから、海外はどうかと思ったのだ。
しかし、ここの基本は四泊五日だったのだ。
これで、料金は15000円である。
私は一日延長して17500円だった。

実際にタキシードを試着した姿を鏡で見てみると、何となく雰囲気が出ていて
いい感じだった。
楽しみが一つ増えた感じである。
最初にドレスコードの話を聞いた時には面倒だと感じたが、タキシード試着
したことで、タキシードを楽しみに出来るように変化したのだ。

なかなかタキシードのシーンを体験する機会がない中で、今回のパーティー、
ラリーの機会を提供してくれた友人に深謝である。
人生は色々な体験をするべきだと、改めて感じた。

プロジェクト

赤坂TBS、赤坂サカスの前に来年1月7日オープンする
新しいプロジェクト「Tーtime」がスタートする。

メトロ赤坂駅の改札からすぐ近くの立地を活かし、ビジネス
ラウンジとして、打ち合わせの合間の時間に利用したり、
ミィーティングの場として、あるいはグループセッション、
また、独り考える空間としても利用出来る。

座組みとして、港区の推奨モデルである、全国の国産材を店舗に
活用する取り組みで、日本の森林活性化としてプロジェクトの
第一号の認証を受ける予定である。

今回貸主である三菱地所との縁をセットしてくれた人物がいる。
赤坂の主との異名をとる人物で、赤坂界隈には顔が効く。
O氏との出会いは三年前に遡る。
友人の紹介で彼の赤坂オフィスで初めて会った。

面倒見の良い親分肌という感じで、一見強面だがイタズラ好きのおちゃめな
おっちゃんである。

二年前にも赤坂の土地を紹介してもらい購入したこともあり、ビジネスを通して
の関係の他、私の次男が赤坂小学校の時も大変お世話になり、プライベートでも
付き合いのある方だ。

数日前に連絡があり、赤坂に店舗の物件があるとの連絡を受けて、早速行って見た。
イコムラボで開発中のプロジェクトmonが頭に浮かんだ。
これは、飲食店で修行中で自分の店を出したいと考えている方に提供する、テストラン
出来る店として、店の設えも仕上がっている状態で、簡単に借りられる仕組みになって
いる。

本格的に始める手前で、短期間でマーケティングを含めたリサーチが可能になる。

Tーtimeにしてもmonでも、企画とオペレーション次第で結果が左右される。
しかし、結果はともあれ、チャレンジするスピリッツが何よりも大切だと思う。

O氏やプロジェクトに携わる方々とのプロセスも会社を次のフェーズに引き上げる
貴重な体験になるだろう。

社員旅行

社員旅行で台湾に来ている。

不覚にも私は今、ホテルの部屋で一人こうして、ブログを書いている。
皆は全員で外出してしまった。

痔の手術から一ヶ月間は禁酒なのだが、昨晩勢いづいて台湾ビールに、
紹興酒をグイグイやった後に、夜市に出掛け台湾料理とビールを飲み、
部屋に戻り、買い出しでビールとつまみを数人で語り合いながら、夜中
2時まで過ごし、その日の朝7時に新幹線で高雄へ向かった。

高雄に着くと、フェリーに乗り海鮮市場へ行き、新鮮な魚介類を台湾風に
調理してもらい、ここでも、ビールを飲んでしまった。
おまけに、睡眠不足と移動が重なり、高雄から台北に戻った時には体調が、
限界に迫っていた。

少し迷ったが、皆と一緒に出掛けるも、明日以降に支障が出てしまうと、
元の木阿弥になっていまうので、部屋で静養することにした。

ルームサービスで、台湾チャーハンとシーザーサラダを注文する。
両方とも、量が多く食べ切れなかった。

魚煮飯が美味いので、オーダーするも、サービスメニューに無かった為、
仕方なく選択したのだ。

こちらに来てからまだ、台湾ラーメンを食べていないので、明日の昼は
魚煮飯とセットで食べてみようと思っている。

まぁ、台湾と言えば食事のイメージがあるので、観光よりも食事を優先
したいが、その為にも、禁酒を守り体調を万全にしたい。

台湾料理は味付けが少し甘めなので、ライトな台湾ビールは食事に欠かせない存在だが、タイミングが咲いてしまったので、観念して諦めるしかないと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

与えられたテーマ

念願のバイクが帰ってきた。

カスタマイズを依頼して1年超、ようやく完成した。

何とも言えない充実感がある。

いくら私がバイクに詳しくないと言っても、かなり細部に至るまで気を配っていただき、

最高にかっこよくなっていた。

まるで、宝物のような存在である。

しかし、残念なことに、私は痔の手術から間もないことから、バイクには乗れないのだ。

スクーター程度であれば問題ないのだが、大型バイクにまたがって運転するとなると

厳しいようだ。

事実、医師からも止められている。

1カ月は激しい運動は禁止されているのだ。

勿論、キックボクシング、ウエイトトレーニング、ジョギング、ゴルフ等は厳禁である。

私にとってこれらが出来ないのは過酷な状況であり、おまけにようやく届いたバイクにも、

乗れないという試練が待っていた。

恐らく、体力、筋力とも劣っているはずだから、一定期間リハビリをしていかなくてはならない。

しかも、徐々に無理せずにやることが寛容になってくる。

焦って無理をすれば逆効果となり、更に長期化する危険性があるため、慎重にやらなければならないと思っている。

バイクの方は1か月すれば傷も癒えているので、乗ることは可能だが12月に入って寒くなるだろう。

いずれにしても我慢である。

何でも自分の思い通りになると思ったら大間違いだと、天が教えてくれているのかも知れない。

リハビリと言い、バイクの納車のタイミングと言い、徐々にゆっくり、というテーマを与えられていると一人で納得している。

 

 

 

入院生活

昨日は人生初の手術を体験した。
痔を患い2日前から入院している。

手術に要した時間は約40分であった。
下半身麻酔の1回目が効かずにやり直し、2回目で足がしびれ始め、お尻から下は
温泉に浸かっているような、温かい感覚になった。
手術台にうつ伏せになり、医師を信頼するしかない私は、まな板の鯉状態になっていた。

当然痛みはないのだが、メスを使って切除する作業をやっていると思うと何か妙な感じがする。
同じ体制を維持するにも結構疲れるし、早く終わらないかと心でつぶやいていた。
それと同時にここの病院の事を考えていた。

ここは痔の専門病院で開業医の先生と、看護師さん10名程の規模である。
私は友人から紹介を受けたが、院内はいつも患者さんでいっぱいになっている。
損益分岐点売上はどのくらいなのだろうか、1人当たりの労働分配率、減価償却、借入金額、
などを勝手にシュミレーションしていたら、手術は終わりを迎えた。

しかし、下半身が完全に麻痺しているので自分ひとりでは立ち上がれない。
タンカに乗せられ病室に運ばれた。
やっと手術が終えた達成感というか、実に幸福な気分になっていた。
麻酔が効いている間は。

4時間位すると患部に違和感を覚えたと思ったら、麻酔が切れ始めた時に激痛に変わった。
それは表現の出来ない激痛で、どんな体制をとっても無駄で、おまけに痛み止め薬も全く効かない。
完全にお手上げになっていた。麻酔の副作用みたいなやつも出てきて、意識が少し変になりかけていた。
ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています、この呪文も通用しないのだ。

その日は明け方まで彼らと戦い朽ち果てるように眠についていた。

ようやく落ち着いてきて、このブログも書けるように回復した。
今は薬が効いているので痛みは多少和らいでいる。
薬が大嫌いな私でも、今回の痛みにはかけがえのない存在になっている。
今も点滴をしているし、いざとなったら頼ってしまうものだ。

入院をしていると看護師さんも交代勤務とはいえ、大変な作業もあって感心させられる。
どんな勤務体系なのか、担当の看護師に聞いてみた。

すると、看護師さんは交代で勤務しているが、本丸の先生は休めないとう。

365日活動している施設だから、当然医師がいなければならない。
なぜ自分の分身を作らないのだろうか、海外にも行けないし、うかつに趣味にも興じられない。
おまけに自分が病気になったり、ケガをしたらどうするのだろうか。
恐らく、ピンチヒッターはいると思うが、若手の育成を含めて組織として構築する必要がある。

全く関係のない私が一人病室で考えているのもおかしいのだが。

LAの旅

今回の旅のテーマは「出たとこ勝負」である。
ロサンゼルスに息子2人と3人で来ている。 今夜はサンディエゴに宿泊している。
ロサンゼルスのダウンタウンのホテルから地下鉄でユニオンステーションまで行き、
そこからアムトラックという鉄道に乗り換え,約3時間でサンディエゴに到着する。
日帰りの予定で往復のチケットを購入したのだが、あまりにもサンディエゴが素晴らしいので、
急遽こっちで一泊する事になった。
チケットは翌日分に替えてもらい、ホテルも良いロケーションの場所だったので、出たとこ勝負で決めてしまった。

テーマに基づいて、ホテルには誰も迎えに来ないし、タクシーは使わないと決めている。
正に地元の人達が普段、移動手段としている慣習として行動している。
やはり、やってみるとその地域がより深く知れたり、
言葉が上手く伝わらずに、時間が余計に かかったりするのだが、本当の旅と言うのは、このようなものかも知れないと思った。

そして、インターネットの活躍は本当に凄いと実感している。 観光情報や移動手段の情報を得られるのは本当に助かる。
これだけの通信整備がなされてなければ、今回の出たとこ勝負も難しいだろう。

レッドラインという地下鉄を利用した時もダウンタウンの駅でチケットを買う時に、もたついてたら、見知らぬ黒人が寄って来て騙されたり、
バスに乗ったはいいが、降り方が解らなかったり、チケットを購入するのに言葉がなかなか伝わらなったりする。
しかし、何としても伝えるんだと言う意思力が眼から発する事で、何とか相手に伝わるものだ。
正に出たとこ勝負で、四苦八苦しながらも、目的遂行の意思を持ってすれば、英語が話せなくてもやれちゃうものだ。
但し、これが結構疲れる。息子らに、お前らも少しはやってみろと、怒りが出る場面もあったりするが、やつらもさっぱりである。

今回は息子2人と来ているので、あえて楽をしない旅を体験させている。 初日は地理が全く解らなかったので、3時間位歩いて移動したり、
その後も1,2時間歩くのは当たり前になっている。 効率は悪いかも知れないが、その分ゆっくり街並みや人々の観察が出来る。
おかげて、LAはだいぶ詳しくなった。 バスや地下鉄で移動したので、迎えが来る受動的な立場でなく、出たとこ勝負で主体的に行動する事で楽しみも見出している。

明日はグランドキャニオン行に挑戦する。

棚田オーナー倶楽部

こんなにも盛り上がるとは思ってもいなかった。
そして、このコミニティは凄いと感じた。

天然村の棚田オーナー倶楽部が今年発足して、メンバー10名でスタートした。
田植えから収穫までの約半年、皆ど真剣に取り組んでいた。
しかし、何の縛りもないので、自由で楽しい空間である。

その新米大収穫祭を原宿でやったのだ。
何と当日は口コミ効果もあり、約50名が集まった。
意外にも女性が多いので驚いた。
中には今日始めて誰の紹介もなく、FBのやりとりを見て、興味を持って参加された方もいらした。

飯やで新米を炊いてもらい、最後にみんなで食べた。
この時の盛り上がり方は凄かった。
みんな本当に笑顔が素晴らしく、空間が楽しさいっぱいに包み込まれた感じだった。
実は当日、私は痔の痛みとの戦いで、あぶら汗をかきながら、悪戦苦戦していた。
しかし、こんな楽しい空間で一人だけ辛そうにしている訳にはいかないので、
笑顔で振る舞いながら、心は別にあった。

これも村長ならではの成果だ。
彼は人の懐に入るのが上手く、コミニケーションに関しては、会社で間違いなくNo.1である。
棚田倶楽部の主要メンバーとも、音楽の趣味も重なって、気が合ったのだろう。

最後には新米で作った『どぶろく』の登場だった。
私も初めてだったが、酸味と発酵したピリピリ感があって、最高に美味かった。
これには会場も湧き上がって、飲みや歌えやの大騒ぎだ。
このどぶろくは天然村近くの職人芸がなせる技で、まさに中と外のコラボレーションの成果である。

この棚田オーナー倶楽部の結束力は本物だった。
主要メンバーの人格によるものと、村長のスペースだと思うが、来年以降の益々の発展が楽しみである。